出産後に「母乳が出ない」「月経が戻らない」「強いだるさが続く」「低血圧や低血糖を指摘された」といった症状がある場合、まれではあるが、シーハン症候群という病気が関係していることがある。

シーハン症候群とは、分娩時または産後の大量出血やショックをきっかけに、脳下垂体の働きが低下する病気である。

下垂体は、甲状腺、副腎、卵巣、乳汁分泌などをコントロールする重要なホルモンを出している。そのため、シーハン症候群では、母乳が出にくい、無月経、強い疲労感、低血圧、低血糖、冷え、便秘、性欲低下など、さまざまな症状が起こりうる。

特に、出産時に大量出血があった人、輸血を受けた人、血圧が大きく下がった人、産後ショック状態になった人では、産後の体調不良を「育児疲れだけ」と決めつけず、医療機関で相談することが大切である。

この記事のポイント

  • シーハン症候群は、産後大量出血やショック後に起こる下垂体機能低下症である。
  • 母乳が出ない、月経が戻らない、強いだるさ、低血圧、低血糖などが手がかりになる。
  • 症状は出産直後に出ることもあれば、数か月〜数年後に目立つこともある。
  • 診断には、分娩歴の確認、ホルモン検査、下垂体MRIなどが用いられる。
  • 治療は不足しているホルモンを補うホルモン補充療法が中心である。

シーハン症候群とは何か

シーハン症候群は、出産時または産後の大量出血により、下垂体前葉が虚血性壊死を起こして発症する下垂体機能低下症である。

下垂体は脳の底部にある小さな臓器で、全身のホルモンを調整する司令塔のような役割を担っている。妊娠中は、乳汁分泌に関わるプロラクチン産生細胞などが増えるため、下垂体は大きくなる。

妊娠中に腫大した下垂体は、多くの酸素と血流を必要とする。その状態で分娩時に大量出血やショックが起こると、下垂体への血流が不足し、下垂体前葉が障害されることがある。

StatPearlsでは、シーハン症候群は、産後大量出血に伴う血流低下によって腫大した下垂体が梗塞を起こし、前葉ホルモンが不足することで発症すると説明されている。

現在は産科医療の進歩によりまれな病気となっているが、発症すると長期的なホルモン補充が必要になることがある。

シーハン症候群の原因

シーハン症候群の主な原因は、分娩時または産後の大量出血と、それに伴う血圧低下・ショックである。

妊娠中は下垂体が大きくなり、血流需要が増える。そのため、大量出血によって血圧が下がると、下垂体前葉が虚血に弱くなり、壊死を起こしやすくなる。

原因やリスクとしては、以下が挙げられる。

  • 分娩時の大量出血
  • 産後出血
  • 出血性ショック
  • 輸血が必要だった分娩
  • 胎盤異常
  • 多胎妊娠
  • 重症妊娠高血圧症候群などを伴う分娩

MedlinePlusでは、シーハン症候群は分娩時の重度出血によって下垂体組織が壊死し、正常に働かなくなる状態であり、多胎妊娠や胎盤の問題など、出血リスクを高める状態が関係すると説明している。

ポイントは、出産後すぐに症状がそろうとは限らないことである。産後しばらくしてから、月経が戻らない、強い疲労感が続くなどをきっかけに疑われることもある。

シーハン症候群の症状

シーハン症候群の症状は、不足する下垂体ホルモンによって異なる。

下垂体前葉からは、ACTH、TSH、LH、FSH、プロラクチン、成長ホルモンなどが分泌される。これらが低下すると、副腎、甲状腺、卵巣、乳汁分泌、代謝などに影響が出る。

不足するホルモン 起こりうる症状
プロラクチン 母乳が出ない、乳汁分泌不全
LH・FSH 月経が戻らない、無月経、不妊、性欲低下
ACTH 副腎不全、強いだるさ、低血圧、低血糖、食欲低下
TSH 中枢性甲状腺機能低下症、冷え、便秘、体重増加、皮膚乾燥
成長ホルモン 筋力低下、体脂肪増加、活力低下など

NCBI MedGenでは、シーハン症候群の症状として、乳汁分泌困難、無月経、ほてり、性欲低下、筋力低下、疲労、食欲低下、悪心、嘔吐、低血糖、低ナトリウム血症、めまい、副腎クリーゼなどが挙げられている。

産後に注意したい症状

  • 母乳がほとんど出ない
  • 産後しばらくしても月経が戻らない
  • 強い疲労感が続く
  • 低血圧、立ちくらみ、めまいがある
  • 低血糖を起こす
  • 冷え、便秘、皮膚乾燥がある
  • 食欲低下、吐き気、体重減少がある

産後すぐに気づく症状と、時間がたってから気づく症状

シーハン症候群は、出産直後に気づかれる場合もあれば、数か月から数年たってから診断される場合もある。

産後すぐに気づきやすい症状としては、母乳が出ない、強い倦怠感、低血圧、低血糖などがある。特に、分娩時に大量出血があり、その後に乳汁分泌が明らかに少ない場合は重要な手がかりとなる。

一方で、慢性的に進行する場合は、月経が戻らない、疲れやすい、寒がり、便秘、性欲低下、体力低下など、育児疲れや産後の体調不良と区別しにくい症状として現れることがある。

出産時の大量出血歴があり、その後の体調不良が長く続く場合は、シーハン症候群を含む下垂体機能低下症を疑って相談することが大切である。

シーハン症候群で特に注意すべき症状

シーハン症候群で特に注意すべきなのは、副腎不全に関わる症状である。

ACTHが不足すると、副腎からコルチゾールが十分に分泌されなくなる。コルチゾールは、血圧、血糖、ストレスへの対応に重要なホルモンである。

不足が強い場合、感染症、手術、強いストレスなどをきっかけに、副腎クリーゼという危険な状態になることがある。

早めに受診すべき症状

  • 強いだるさで動けない
  • 繰り返す低血糖
  • 血圧が低い、立ちくらみが強い
  • 吐き気、嘔吐、食欲低下が続く
  • 低ナトリウム血症を指摘された
  • 意識がぼんやりする
  • 感染症や発熱時に急激に体調が悪化する

これらの症状がある場合は、単なる産後疲労として放置せず、内科または内分泌内科へ相談すべきである。

シーハン症候群の検査

シーハン症候群の診断では、分娩時の出血・ショックの有無、症状、ホルモン検査、下垂体MRIを組み合わせて評価する。

まず重要なのは、出産時に大量出血があったか、輸血を受けたか、血圧低下や意識消失があったか、産後に母乳が出たか、月経が戻ったかなどの問診である。

血液検査では、以下のようなホルモンを確認する。

  • ACTH・コルチゾール
  • TSH・FT4
  • LH・FSH・エストラジオール
  • プロラクチン
  • IGF-1
  • 血糖、ナトリウムなどの電解質

必要に応じて、下垂体刺激試験などの詳しいホルモン検査が行われることもある。

画像検査では、下垂体MRIが用いられる。慢性期には、下垂体が萎縮し、empty sella、いわゆるトルコ鞍空洞のような所見を示すことがある。

ただし、MRIだけで診断するのではなく、分娩歴、症状、ホルモン検査と合わせて判断する必要がある。

シーハン症候群の治療

シーハン症候群の治療は、不足しているホルモンを補うホルモン補充療法が中心である。

どのホルモンが不足しているかによって、補充する薬は異なる。副腎皮質ホルモン、甲状腺ホルモン、性ホルモン、成長ホルモンなどが検討される。

不足するホルモン 治療の例
ACTH・コルチゾール不足 ヒドロコルチゾンなどの副腎皮質ホルモン補充
TSH・甲状腺ホルモン不足 レボチロキシンなどの甲状腺ホルモン補充
LH・FSH不足 女性ホルモン補充、妊娠希望時の排卵誘発など
成長ホルモン不足 必要に応じて成長ホルモン補充を検討

重要なのは、副腎不全がある場合、甲状腺ホルモン補充より先に副腎皮質ホルモン補充を行う必要がある点である。

StatPearlsでは、ACTH欠乏がある場合には、甲状腺ホルモン補充の前に副腎皮質ホルモンを開始しないと副腎クリーゼを誘発するリスクがあると説明されている。

したがって、自己判断で甲状腺薬やサプリメントを始めるのではなく、内分泌内科でホルモン全体を評価してもらうことが重要である。

シーハン症候群は治るのか

シーハン症候群で壊死した下垂体機能が完全に元に戻ることは多くなく、長期的なホルモン補充が必要になることがある。

ただし、不足しているホルモンを適切に補充すれば、症状の改善が期待できる。低血圧、低血糖、倦怠感、冷え、月経異常などが改善することもある。

治療では、定期的な血液検査、症状の確認、薬の量の調整が必要になる。感染症、手術、強いストレスの際には、ステロイド量の調整が必要になることもある。

診断後は、内分泌内科で長期的にフォローを受けることが大切である。

何科を受診すればよいか

シーハン症候群が心配な場合は、内分泌内科、または内科・産婦人科で相談するのがよい。

特に、出産時に大量出血があり、その後に母乳が出ない、月経が戻らない、強い疲労感が続く場合は、内分泌内科で下垂体ホルモンの評価を受けることが望ましい。

受診時に伝えたいこと

  • 出産時の出血量
  • 輸血の有無
  • 血圧低下・意識消失・ショックの有無
  • 産後に母乳が出たか
  • 月経が戻ったか
  • 低血糖、低血圧、低ナトリウム血症の有無
  • 現在の内服薬、サプリメント

過去の分娩記録、退院時サマリー、輸血記録、健診結果、血液検査結果があれば持参すると診断の助けになる。

男性でもシーハン症候群になるのか

厳密には、シーハン症候群は産後出血に伴う下垂体壊死であるため、男性には起こらない。

ただし、男性でも下垂体腫瘍、下垂体卒中、頭部外傷、脳手術、放射線治療などによって下垂体機能低下症を起こすことはある。

つまり、男性に起こるのは「シーハン症候群」ではなく、別の原因による下垂体機能低下症である。

男性で性欲低下、疲労、低血圧、低血糖、甲状腺機能低下症状などがある場合は、下垂体機能低下症として内分泌内科で評価する。

よくある質問

シーハン症候群は出産後すぐにわかる病気か?

出産直後に母乳が出ない、低血圧、低血糖などで気づかれることもあるが、数か月から数年後に診断されることもある。産後の体調不良が長く続く場合は、分娩時の出血歴と合わせて相談することが大切である。

母乳が出ないだけでシーハン症候群と考えるべきか?

母乳が出ない原因はシーハン症候群以外にも多い。ただし、出産時に大量出血があり、その後に母乳が出ない、月経が戻らない、強い倦怠感がある場合は、下垂体機能低下症を疑って相談する価値がある。

月経が戻らない場合はシーハン症候群か?

産後の無月経には授乳、体重変化、ストレス、他のホルモン異常など多くの原因がある。ただし、産後大量出血歴があり、乳汁分泌不全や強い疲労感を伴う場合は注意が必要である。

シーハン症候群はMRIでわかるか?

MRIは診断の助けになるが、MRIだけで決めるものではない。分娩歴、症状、ホルモン検査、必要に応じた刺激試験と合わせて診断する。

治療は一生必要か?

不足しているホルモンの種類と程度によるが、長期的なホルモン補充が必要になることがある。特に副腎皮質ホルモン不足は命に関わることがあり、自己判断で中止してはいけない。

まとめ

シーハン症候群は、分娩時または産後の大量出血やショックをきっかけに起こる下垂体機能低下症である。

症状としては、母乳が出ない、月経が戻らない、強いだるさ、低血圧、低血糖、冷え、便秘、性欲低下などがある。出産直後に気づかれることもあれば、数か月から数年後に診断されることもある。

出産時に大量出血、輸血、血圧低下、ショックがあり、その後の体調不良が続く場合は、育児疲れだけと決めつけず、内分泌内科や産婦人科で相談することが大切である。

診断には、分娩歴、症状、ホルモン検査、下垂体MRIなどを組み合わせる。治療は、不足しているホルモンを補うホルモン補充療法が中心であり、特に副腎不全がある場合は適切な治療が重要である。

男性では厳密にはシーハン症候群は起こらないが、下垂体腫瘍、手術、放射線治療など別の原因による下垂体機能低下症は起こりうる。

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出典

  • Sheehan Syndrome. StatPearls. NCBI Bookshelf.
  • Hypopituitarism. StatPearls. NCBI Bookshelf.
  • NCBI MedGen. Sheehan syndrome.
  • MedlinePlus Medical Encyclopedia. Sheehan syndrome.
  • Schneeberg NG, Perloff WH, Israel SL. Incidence of unsuspected Sheehan’s syndrome: hypopituitarism after postpartum hemorrhage and/or shock. JAMA. 1960;172(1):20-27.